プロフィール

はじめまして、岩桐です。

ブログを見て頂きましてありがとうございます。

はじめまして、になるかと思いますので、

自己紹介に少しお付き合いください。

僕は現在、eBayというサイトで中古カメラを海外、国内に

販売をする物販ビジネスをしています。

また、同時に二児の父親をしています。

普段はスーパーとジムとコンビニに行く以外は大体家に引きこもっています。

家を出なくてもインターネットで全て

完結するビジネスだからです。

それでも大体、

毎月、60万円~80万円程度の収入があります。

(いきなり収入の話でデリカシーがなくてすみません)

そして、そのための一日の仕事時間は4時間程度です。

また、現在は日本を離れても仕事ができる仕組みが少しずつ出来てきましたので、

一週間程度ならふらりと一人で海外旅行に行くこともあります。

(英語は全くできないのですが結構大丈夫なものです)

(スウェーデンのオーロラ。極寒な真っ暗で周りに誰もいない中で、一生懸命手振れしないようにセルフタイマーをセットして撮りました笑)

当然世の中には稼いでいる方はたくさんいますので、

稼いでいる金額は大した事はないと思います。

ただ、僕は疲れている体を鞭打って、

無理やり朝早く起きることなく、

ぎゅうぎゅう詰めの満員電車に乗る事はなく、

自分が起きたい時間に起きる事ができます。

ただし、たまに早く起きると嫁に

「早く起きてこられると私の調子が狂うからもっと寝てて」

と怒られます…。

そして、好きでもなく尊敬もしていない

嫌な上司から指示や命令を受ける事もありません。

当然、怒鳴られる事や罵声を浴びる事もありませんし、

誰かの顔色を伺ったり、ご機嫌をとる事もありません。

(妻の顔色は少し…いやかなり伺います)

そして毎日子供達と夜ご飯を食べる事ができ、

運動会や授業参観も、誰の許可も得ず、

自分の判断だけで行く事ができます。

外に出たくなければ、一週間一歩も外に出ない時もあります。

逆に、思い立ったら一人で海外旅行に行く事もできます。

住宅ローンはありますが、きちんと支払いもできますし、

食べ物も怪しげな安い食品ではなく、

出来るだけオーガニックの食品を選んで子供達に

健康な食品を食べさせてあげる事ができています。

そして物心がついた頃から大好きだった

広島カープの試合も毎日インターネットで

試合開始から試合終了まで観る事ができます。

また、子供達の宿題を見てあげたり

一緒にお風呂で遊んだりしています。

家事を手伝ってあげたりする余裕もあるので、

夫婦仲も良好でいられます。

(と、勝手に思っています。)

なので、世の中にはたくさん稼いでいる方もいると思いますが、

僕は現在の生活にかなり満足しています。

以下の目次から飛ばし読みすることが出来ますが、ネットビジネス初心者の方は、

飛ばさずにお読み頂くと参考になる内容かと思います。

毎朝決まった時間に家を出て、決まった電車の、決まった車両に乗って、会社に通っていました

しかし、僕はつい一年半前までは満員電車に揺られて

毎日会社に通うサラリーマンでした。

毎日同じ時間に起きて、毎日似たようなスーツを着て、

「これ以上乗れないんじゃないか」というぎゅうぎゅうの満員電車に

無理やり乗って、そして一時間半かけて職場まで行き、

いつもと同じ人たちに挨拶をして、

自分のデスクに着席した時はもうヘトヘトです。

そんな日々を長年過ごしていました。

僕はずっと営業をしていましたので、毎月数字に追われ、

朝の7時半には自宅を出て、帰宅は早くて夜の10時半です。

(冗談抜きで定時が夜の9時でした。)

当時の僕はいつも

「早くお昼にならないかなぁ」

「早く定時にならないかなぁ」

数字に追われ、一分、一秒を惜しんで働かなければならない中で

不謹慎ながら、いつもそんなことを思っていました。

地方への泊りの出張も多かったのですが、

そういった時は大体夜中まで仕事をしているのに、

翌日は、ほぼ始発の新幹線や飛行機で職場に直行していました。

なので大阪に泊まったとしたら、

夜の11時、12時くらいにチェックインをして、

朝の5時すぎには起き、朝の9時には東京の職場に到着していて、

「おはようございます」って言っていました。

もちろん休みは週に一度あるかないか、といった状況で、

月末が近くなってくると当然休みはありませんでしたので、

ほぼ毎月後半は10日以上の連続出勤でした。

なので休日は疲れてほぼ寝て終わってしまいます。

当然、家にいる時間もわずかだったので、

まだ小さい子供と会える時間は朝のほんの少しの時間です。

満足に遊んであげることもできませんでした。

とはいえ人間慣れてしまえばそれが当たり前になっていくもので、

「きつい仕事だなぁ」と思いながらもそんな日々を繰り返していました。

パワハラクラッシャー上司に奴隷にされイジメていました

そんなある日、社内で人事異動があり僕の直属の上司が

極悪非道なめっちゃ恐い部長になってしまったのです。

正直、完全なるパワハラ上司です。

普段から高圧的で、

「テメェ、客との予定は増えたのかよ!」

「テメェなんかに休み時間なんかねえんだよ!」

「休み時間だからって休んでんじゃねぇよ!」

威嚇され、フルスイングでボールペンを投げつけてきたりします。

(実は結構高いボールペンなんです)

「仕事できてねぇんだから休日なんかないからな!」

という流れでよっぽど成績が良くない月は休みが月に2日程のことも多く、

大体月末に近くなってくると、自分の席から上司が見える側の顔の半分が、

顔面神経痛でヒクヒクしていました。

お客様との商談後の電話の報告の時は

「契約するまで戻ってくるんじゃねぇ!客に舐められてんだろ!

今すぐもう一度行って買わせてこい!」

「他の営業マンはもっとやってんだろ!オメェはバカなんだよ!

育ちがワリィんだよ!ばーか。」

酷すぎます…(泣)

そのような罵詈雑言を浴びせられ、会話の途中で電話を切られます。

お客様との商談が終わり会社に戻っている時には、

「テメェ今どこにいるんだよ、あと何分で戻ってくるんだよ、速攻戻ってこい!」

と、外出中も監視状態です。

たまの休日に、家族でスカイツリーに行ってた時も、電話がかかってきた事があり、

「テメェ今どこにいるんだよ、のんきに休んでんじゃねぇよ!今から客のとこ行ってこい!」

(24時間監視状態です)

お客様のところには行きませんでしたが、その後は、僕のイライラがあり、

家族も気をつかってしまって、滅多になかった外出もトホホ…でした。

一緒にお客様先に行った際に、お客様の都合で時間が取れなかった時なんかは、

京急川崎駅の近くの路上で蹴りを入れられ、

「オメェみたいなバカはそこで立ってろ!」

と3時間くらい重いカバンを持ちながら人混みの中の路上で立ち尽くしていたこともあります。

(上司はその間パチスロをしていました。)

40度近くの熱があり動けない時に、

「嘘ついてんじゃねぇ、休みたいだけだろ!今から来い」

と言うので、体温計の写メを送りましたが、

「関係ねぇ、来い!」

と言われたこともあります。

(さすがにこの時は行けませんでしたが翌日は行きました)

「ちょっと大げさにいってるんじゃない?」

と思われるかもしれませんが、

これでも少し控え目に言っているくらいです。

当時はムカつくという気持ちもありましたが、

大部分は恐怖の気持ちが占めてました。

会社のデスクにいるときはもちろんですが、

オフィスのドアーが開く瞬間も、

会社の廊下を歩く時も、エレベーターが開く瞬間も、

朝会社のエントランスホールに入る瞬間も、

いつも、上司と顔を合わせるのが恐くて

ビクビクしていました。

たまに上司と一緒に車でお客様先に行くことがあったのですが、

そういった時は、いつも緊張の手汗でハンドルが

ビショビショになっていました。

今でも携帯に着信があると、その瞬間に恐怖の気持ちでビクッとなってしまうのは

治っていません。胸の奥がザワザワとする感じです。

以前はずっと夜は疲れていたのでぐっすり眠れていたのですが、

この上司の部下になってからは、

毎晩眠っている途中で目が覚めてしまうようになり、

睡眠薬を毎晩服用するようになりました。

「転職して違う会社に勤めればいいじゃないか」

と言われるかもしれませんが、

それが僕にはできませんでした。

会社にしがみついていた理由

しかし、そんな劣悪な環境の中でも会社を辞めずに

必死でしがみついていたのには理由があります。 

それは単純に他よりも給料が良かったのです。

営業職特有のインセンティブがあったので、

サラリーマンにしては少し、ある程度安定して給料が多かったのです。

そして、実は同時に僕は借金もあったのです。

現状の生活をしながら借金の返済をしていくには、

会社に居続けるしかないと思っていました。

なぜ借金があったのかというと、

昔、少しは余裕があると思っていた僕は、

調子に乗って株を始めました。

最初はかわいい金額で、

「今日は一万円分上がった」

「今日は二万円分下がった」

と一喜一憂して喜んでいました。

そして徐々に徐々に証券口座の残高が減っていき、

その減った分を取り返したい気持ちで、

禁断とされている信用取引に手を出してしまったのです。

信用取引とは、証券会社から資金を借りて、

自分の持っている資金以上の取引を行う事です。

なぜか、買った株は下がり、売った株は上がり、

まるで誰かが自分の取引を監視しているかのようでした。

そして損が続くと、追証といった、追加の証拠金を

携帯のインターネットバンキングで連日入金していました。

その時は、仕事での上司との恐怖の関係と同時に、お金の工面の事で、

仕事も上の空になり、毎日が心の中が不安でいっぱいでした。

それが休日で子供と遊んでいるときであっても、

いつも心のどこかでお金の事が胸につかえていました。

そして取引の損を家庭の貯蓄で穴埋めしていましたが、

やがて貯蓄だけでは賄いきれなくなり、借金をして取引の損を埋めていました。

数年間でその損失は軽く1000万円を超えていたと思います。

(正直、細かく計算するのが怖くて未だに正確にはよく分かっていません)

毎日の昼食代を百円でも安くしたいと思っているのに、

1000万円なんて意味不明です。

普通のサラリーマンだった僕が、どうやったら

それだけ損失を出せるのか、いまだに自分でも謎です。

完全に感覚がマヒをしていました。

起こっている現実を受け止められず、見て見ぬふりをしていましたが、

毎月の返済日が近くなると、勇気を出して口座残高を確認をするのが、

毎月の習慣になっていました。

そして口座残高の激減に驚愕し、

そのたびに現実を突きつけられているようで、

「あぁ、これは本当のことなんだ。」

「どうしよう。どうしよう。」

「何とか取り戻すしかない。」

毎月そんなことを繰り返していました。

「俺はなんでこんな情けない人間に生まれたんだ」

自分の馬鹿さ加減を呪いました。

何年も一生懸命働いてきたのに、残っている財産もなく、

遂にはマイナスの領域に入ってしまい、

「こんなにお金を失ってしまってどうしたらいいんだ」

という気持ちと同時に

「今まで何のために働いてきたんだ」

とかなり虚しくて、悲しくて、

人知れずシクシク涙を流していたこともあります。

お金の奴隷と化した日々を送っていました

そんな状況まで追い込まれてやっと、株式投資をやめる事が出来たのですが、

「なんて馬鹿なことをしたんだ」

「なんでもっと早く株をやめなかったんだ」

「なんで信用取引に手を出したんだ」

今度は毎日後悔の念に駆られていました。

しかし、どれだけ悔やんでも失ったお金は戻ってきません。

そんな中でも毎日の生活は続き、

毎月の様々な支払いは続いていきます。

「今会社を辞めたら生活ができなくなる、辞める訳にはいかない」

この一心でどんな理不尽な事があっても、

会社にしがみついていました。

そうです、お金を稼がなければならないので、

その為に嫌なことも我慢し続けていました。

もちろん、転職も考えました。

しかし、僕自身高卒で学歴もありませんし、

スキルもなく年齢も30歳を過ぎていましたので、

転職はほぼ絶望的でした。

仮に転職が出来ても、当然収入は激減しますし、

くだらない理由だと思われるかもしれませんが、

次に新しい仕事をまた一から始めたときに、

「中途入社のおっさん」と20代の年下の人たちに舐められて、

ヘコヘコするのが嫌だ、というつまらない小さなプライドも

理由のひとつだったかもしれません。

家族に嘘をついていました

そして、自分だけの問題ではなく僕には妻がいます。

僕が妻に対して抱いていた気持ちは、

「妻にも迷惑をかけてしまう」

とか、崇高な気持ちではなく、

収入が下がると自分が軽蔑されてしまうんじゃないか・・・

自分が尊敬されないんじゃないか・・・

そういった気持ちが強かったのです。

実は僕が一番苦しかったのは、

自業自得とはいえ、この苦しみを誰にも言えなかったことです。

会社での厳しさや辛さ、というのは妻によく愚痴っていたので

いつも心配をしてくれていました。

「もう辞めて違う仕事したら?」

とも言ってくれていました。

しかし、妻には株で大損をしたことは

とても切り出すことは出来なかったので、

いつも妻には「家族のために辞められない」と言っていました。

本当は家のお金を使い込んでしまい、

借金までしてしまったことを隠すために、

会社を辞められないのを家族のせいにして、

嘘をついて生活をしていました。

僕は生活費として毎月一定の金額を入れていたのですが、

ついには、その毎月入れていた金額を入れられなくなりました。

完全に追い込まれてしまいました。

そうです、もう完全に詰みました。

告白、裏切り、皿洗い

僕は妻に家庭のお金を使い込み、借金までしてしまった事を

ついに全て打ち明けることに決めました。

しかし、打ち明けようにもどうやって切り出していけばいいのか、

何度も様々なパターンをシミュレーションしてみても、

最悪のシナリオしか想像できません。

毎日、「早く話さなきゃ」「今日話そう」と思いながらも

妻の反応を想像すると怖くてなかなか切り出す事ができませんでした。

そんなある夜に、妻の機嫌が良さそうなそうな日がありました。

「あー、もうここで今話しちゃおう、言っちゃえ!」

と意を決して

「実はさ…」と告白を始めました。

その時の状況は今思い出しただけでも、体が「ブルッ」とします。

二度と戻りたくないです。

妻は少しずつ般若のような顔になっていきながら、

終始黙って僕の話を聞いていました。

そして

「信じてたのに」

と声を上げて泣き出したのです。

「私がパートで働いていたのは何だったの?」

返す言葉もありません…。

それから数日間は無言の日々が続きました。

その間僕は、妻の言った

「信じてたのに」

という言葉がずっと頭から離れませんでした。

それまでは基本的に家計は僕が管理をしていました。

そして何年も僕を信じて任せていたのです。

僕はその気持ちを裏切っていました。

「なんだかんだ言いながら俺のこと信じてくれてたんだ。」

正直それまではそこまで信じてもらっているという

自覚があまりありませんでした。

なのでその言葉を聞いてから

本当に妻に申し訳ない気持ちでいっぱいになり、

「なんて俺はクソヤローなんだ」

「俺はずっと裏切り続けてたんだ」

とそれまで以上に自分を呪いました。

そこで僕はささやかながら償いをしたいと思い、

妻がいつも面倒臭がっていた家の食器などの洗い物を

「これからは洗い物は僕がやります」

と申し出ました。

もちろん家のお金を使い込んで借金まで作った事が

そんなことで許される訳はないのですが、

僕自身が自分の罪悪感から少しでも逃れたい、

という気持ちからだったのだと思います。

それは今でも続けていて毎日僕が洗い物をしています。

 妻「離婚したい…」

その後二人でとても重い話し合いを繰り返し、

その後の家計は妻が取り仕切ることになりました。

そして、僕はお小遣い制度になり、

週に一度は僕が料理を作るということになりました。

(料理は現在は曖昧になっています)

(カレーが作れるようになりました笑)

その時の話し合いにも出てきましたが、

本当は妻は離婚したかったのだと思います。

しかし、現実的に考えたときに専業主婦の女性が離婚して、

養育費を受け取るとはいえ、働きながら二人の子供を養っていくのは

とても大変なことです。

なので妻は離婚という選択をせずに、信頼に背いた夫と

離婚しないという選択をしたのでしょう。

女性の場合は子供がいる場合、多くの場合は子供が小さい間の一定期間は

どうしても生活的に男性に依存しなければならない時期があると思います。

そんな中で男性の夫がどうしようもない夫でも、

子供を含めた生活のことを考えると、仕方がなく、「一緒にいるしかない」

という選択をせざるを得ないのが多くの子を持つ女性の現状なのだと思います。

それを考えたときに

「なんて自分はズルいんだろ」

とまた自責の念に駆られました。

でもやっぱりこの生活から抜け出したい。ってか逃げ出したい。

そんなこんながあり、

僕はこの時期にお金について真剣に考えるようになりました。

いかに自分がお金に振り回されて、

その結果、

信頼、時間、自尊心、エネルギー、

多くの大切なものを失ったことに気づきました。

本来であれば普通、

失った家族からの信頼を取り戻すため、

今までの償いのため、

それまでの仕事を今以上に頑張って続けていくものだと思います。

一時期はそのように思ったこともあります。

しかし、僕はその時期に、生活していくお金のために、

「嫌な上司の下で、一日のほとんどの時間を費やしていく人生」

からなんとか逃れられないか、なんとか会社を辞められないか、

と考え始めました。

そのまま一生、会社で一生懸命嫌なことを我慢して生活をして

いくこともできるかもしれませんが、

おそらく僕は、生活していくお金のために、

また多くのものを失い、それを繰り返す人生になってしまう

と思ったからです。

それと同時に、

本当は、ただ怖い上司からの圧力から逃げたかっただけなのかもしれません。

しかし当然そんなことを妻に言っても納得するはずはありません。

ましてや家のお金を黙って使い込んで、険悪なムードの中に、

「いやぁ、会社辞めたいんだよねー」

なんて言えるはずもありません。

僕はひっそりと心の中でそんなささやかな野望を持ち始めていました。

未知の世界に触れた瞬間

そしてそんな野望を抱きならも、妻からの信頼を回復すべく、

仕事と家事に勤しむ日々を過ごしていたのですが、

なにか現状から脱却するための手段はないか、

と毎日毎日考えていました。

そんなある日、好きでよく見ていたサイトの方が

セミナーを開くという事で、そのセミナーに参加させて頂きました。

それまで僕はセミナー的なものに参加したことはなかったのですが、

初めて参加することに決めたのです。

なぜ参加したのかというと、

僕はサラリーマン時代、

「どうやったらうまく商談が進められるのかなぁ」

「どうやったら自分のやる気を出したり、

周りの人のやる気を出させたりすることができるかなぁ」

というのをよく考えていて、

心理学や脳科学の本を読んだり、

インターネットで情報を集めたりという事を

していたのですが、

いつも参考にしていたサイトを運営していてとても好きな方だったので、

単純に

「一度会ってみたい!」

という気持ちからでした。

そして、セミナーに参加した際、

そのサイトを運営している方と直接お話をさせて頂く事ができたのですが、

実はその方はインターネットの収入だけで、

毎月、数百万円を稼いでいることを教えてくれました。

しかもその方はほとんど働いていないのです。

「えぇ~!上場企業の社長レベルじゃないの?!」

「ってか、毎日朝から晩まで働いている俺ってなんなの!」

驚愕しました。

それまでの僕の常識からしたらとてもあり得ない事実です。

そして

「ちきしょー」

とか、

「ざけんな!」

という気持ちが湧き出てきたのも正直なところです。

この時に初めてインターネットビジネスの凄さに触れました。

しかし、その時はまだインターネットビジネスというのは、

自分とは全然関係ないものだと思っていました。

そして、その時から更に自分が毎日苦痛をかかえてまで、

何のために働いているのか、本当はどうしていきたいのかを

真剣に考えるようになりました。

それまでは借金の事もありましたし、

上司からのプレッシャー、

会社の出世競争にいかに勝っていくか、

そして出世して、いかに周りの人から尊敬の目で

見られることが出来るか、そんな事ばかりを考え、

その為に目の前の仕事を必死になってやっていました。

好きな仕事を好きな達とやれることは、

とても良いことだと思います。

しかし僕自身は、仕事には誇りを持ってやっていて、

やりがいも感じていましたが、

やはり今後10年後も20年後も今の生活を繰り返していかないといけない、

と考えたときに、仮に自分がどれだけ出世できたとしても、

「絶対に嫌だ」と思ったのです。

その時から僕の中で、

「なんとか会社辞められないかなぁ」

から、

「決めた!絶対に会社を辞めてやる!」

に変わりました。

再度、妻への控えめな告白

当然会社を辞めるためには、

経済的に自立しなければなりません。

しかし、自分には資金もないし、知識やスキルもなく、

人脈もありませんし、あるのは借金だけ。

何をしたらいいのか分かりらない僕は、

セミナーでお会いした方の話から、

「インターネットビジネスは自分でもできるんだろうか」

と初めてインターネットビジネスを自分事として考え、

「よし!インターネットで起業しよう!」

とかなり安易に決断をしました。

とりあえず、今まで読まなかった本を読んでみたり、

ネットで「独立」「起業」などを検索をしたり、

そこから無料のメルマガを登録したり

とにかく情報を集めました。

しかし、その時点ではとても妻に「会社を辞める」という相談をすることは

できなかったので、

「インターネットビジネスってのがあるんだよ」

「インターネットで起業、独立ってできるんだよ」

と、少しずつ話していきました。

最初は妻も、

「そんなの怪しいでしょ」

「馬鹿じゃないの」

という反応だったのですが、

そこで折れてしまうわけにいきません。

僕は無料メルマガなどで得た情報を武器に、

毎日妻にインターネットビジネスについて真剣に

話していくうちに、

「確かに家でパソコンでお金稼げるならいいよね」

と、少しずつですが、

理解を示してくれるようになりました。

そして、どさくさに紛れながら、

「会社を辞めたい」という事も

少しずつ話せるようになっていきました。

パソコンが使えない・・・からこそ出会ったビジネス

しかし、インターネットビジネスにチャレンジすることに決めた僕は

大事なことに気が付きました。

PCが全く使えなかったのです。

僕はずっと営業の経験しかなく、PCの使い方がほとんど分かりませんでした。

どのくらい分からないかというと、

PCのメールでの添付のやり方も分からず、

当然、文章などのコピーや貼り付けなども

そもそもそういう機能があるのを知らないレベルです。

なので、

「できるだけPCスキルがなくてもできるビジネスはないかな?」

という視点で考え始めました。

そんな中、ネット上で情報を探していた僕は、

「eBayでのカメラの輸出ビジネス」

という文字が目に飛び込んできました。

eBayとは世界中の人が参加することができる、

利用者数世界一のオークションサイトです。

なぜ興味を持ったかというと、

アフィリエイトや、情報発信などはとても難しいイメージがあり、

物を扱う物販のほうが、PCスキルがなくても始めやすいんじゃないか、

と思ったことと、

もう一つは、

妻は写真を撮るのが好きで、こっそり一眼レフカメラを買っていたりしたことを

僕は知っていました。

なので、

「妻にもカメラを絡めれば、興味を持ってインターネットビジネスにも

理解を示してくれるのではないか?」

と、ここでもかなり安易な考えでした。

そして少しずつ、ンターネットビジネスに

理解を示してくれていた妻に、

「カメラを世界中の人たちに提供するっていう、すごい面白そうなビジネスがあるんだよ!」

という話をして、

「えっ、それ面白そー!」

と案の定、乗り気になってくれました。

そして、ネットビジネスに対して妻の同意を得られ、

それからというもの見よう見まねでeBayでアカウントを作り、

カメラの輸出を始めることになりました。

3か月で利益は・・・

始めは、

「すぐに稼げて会社もすぐに辞められればいいな」

といった気持ちも正直あったのですが、

当然そこまでは甘くはありませんでした。

3ヶ月経った時点で、それまででの利益は5000円程度でした。

それではとてもではありませんが、会社を辞めて独立する事はできません。

作業自体は慣れてきたものの、当時は一家が食べていける程度稼げるようになる

イメージは持てなかったのが正直なところです。

そこで僕は

「別のビジネスはどうだろう?」

「収入源が複数できたら最高だなぁ」

と一丁前な事を考え始めた僕は

ブログアドセンスというビジネスモデルにも

手を出してみました。

ブログアドセンスとはブログ記事を書いていって、

そのブログを閲覧した方が、広告をクリックすると

報酬が出るといったビジネスモデルです。

なので記事をたくさん書いていく事が大前提なのですが、

僕にとっては専門用語一つひとつが難しく、タイピングもろくにできず、

記事も何を書いていけば分からないというのもあり、

一記事を書くだけでとてつもない時間を要してしまい、

即座に断念してしまいました。

その時に「もうカメラのビジネス一本でやっていくしかない」と覚悟を決めたのです。

道を一本に絞る重要性

カメラの転売も作業そのものはたくさんあるのですが、

PCが苦手でも、クリエイティビティがなかったとしても、

業の一つひとつは難しい事ではなく、少しずつでも着実に進んでいきました。

そしてとにかく一生懸命やりました。

大変な部屋になってしまいました)

道を一本に決めてから翌月には月収で10万円を達成することが出来ました。

丁度その頃、上司との関係も、以前は我慢できていたことも我慢できなくなり、

会社では毎日のように上司と怒鳴り合うような生活になっていきました。

そんな上司との関係に「もうダメ、限界。」

となった僕は退職をする事になります。

この時点では妻に「会社を辞めたい」と言い始めた時期から、

一年くらい経っていたのですが、ずっと言い続けていたので、

しぶしぶですが会社を辞めることを認めてくれたのです。

10年以上勤めていましたので、いざ辞める時は

少し名残惜しい気持ちもありましたが、

これから、今までのような苦痛を味わうことはないと思うと、

心配や不安よりも喜びでいっぱいでした。

僕は過去にに家のお金もこっそり使い込んでいて、

それなのに、さらに会社も辞めることも受け入れてくれた妻は、

世界一の嫁さんだと思います。(笑)

(退職時に片付けた後に記念撮影)

しかし、なんとか10万円稼いだとはいえ、月収10万円ではとても生活はできません。

家のローンを払ったら無くなってしまいます。

「数ヶ月経っても10万円だったらどうなってしまうんだろう。」

かなりの恐怖が僕に襲い掛かってきました。

しかもこの頃には妻はもうカメラビジネスには関心を失っていて、

全て一人でやっていかなければならないという状況でした。

毎月収入が増え続けていきました

そこで僕は出来る限り作業を効率化することに取り組み、

自分でやらなくてもいいことは出来るだけ

アウトソーシングして作業を外注化していきました。

その取り組みから一か月後に月収が20万円になりました。

そして二か月後は月収が30万円になりました。

この時に僕は

「これでなんとか生きていける」

という安堵感が生まれてきました。

また、それと同時に、30万円くらいの収入でしたが

経済的に自立ができている実感も出てきて

会社という組織に依存していない事が

喜びと自信になりました。

そのくらいから、会社員の頃に比べ時間にもゆとりが出てきて、

もっとカメラの転売ビジネスの学びを深めたい、という思いから、

同じカメラ転売などの物販ビジネスをやっている方達との

飲み会などにも参加させて頂くようになりました。

そういった飲み会には、カメラ転売をしている方や、

他の物販ビジネスをしている方、

中にはアフィリエイトで稼いでいる方もいましたが、

カメラ転売で国内販売の方でも自分以上に

稼いでいる人がゴロゴロいました。

なので飲み会とはいえ、会話をさせて頂くだけでもすべてが学びになり、

もっともっと稼げるという事を肌で感じることが出来ました。

その結果、eBayカメラ輸出転売を始めて一年経ったころには、

月収で83万円を達成することが出来ました。

このくらいの収入は、

稼いでいる人からみたら、

「そのくらいの収入でドヤ顔するなよw」

と思われるかもしれませんが、

僕は会社員の頃を考えるとかなり満足しています。

そして何よりも会社員の頃との違いで大きいのは

圧倒的に自分の時間が増えた事です。

実際の毎日の作業は仕入れと、

多少のバイヤーさんや外注さんとのメッセージのやり取り、

売上管理等の数字管理、

と圧倒的に作業を減らす事が出来ました。

当初は、転売のような物販ビジネスはとても作業が多く、

時間的な自由が手に入りづらいと思っていましたが、

実際は今の実働の時間では、1日平均4時間程度だと思います。

考えてみると一年半前までは朝7時半に自宅を出て、

毎日決まった時間の、決まった車両の電車に乗り、

帰りも出来るだけ早く帰れる電車に乗るため、

早足で会社近くの駅まで向かい、

それでも帰宅が早くて夜の10時半くらいでした。

拘束時間は15時間です。

そして、そこから夜ご飯を食べて、お風呂に入って、

その時点で大体深夜の12時くらいになっています。

それがほぼ毎日です。

しかも、上司に監視され、頭ごなしに怒鳴られ、

ビクビクしていた毎日でしたし、

スキルも学歴もなかった僕は転職も絶望的でした。

当然、僕よりもブラックな企業で仕事をされている人も

たくさんいると思いますし、

職場でひどい扱いを受けている方もたくさんいると思います。

しかし、僕にとってみたら当時は本当に肉体的にも精神的にも

ギリギリだったのです。

よくやれていたな、と思います笑

周りからみたら怠け者のような毎日

現在は、だらしないと思われるかもしれませんが、

僕は目覚まし時計をかけないので、起きるのはお昼前です。

週に二回は起きてからご飯の前にジムに行くようにしています。

夕方以降は混むのですが、お昼に行くとガラガラだからです。

そしてその後、昼食(?)を取りながら、妻と他愛もない話をして1時間くらいダラダラ過ごします。

そしてその後PCに向かい、30分程、届いていたメッセージの対応や、

アカウントの状況の確認をした後、

別のビジネスの作業を2〜3時間行います。

夕方になると子供達が小学校から帰ってくるので、

宿題を見たりしながら、またダラダラ過ごします。

そして6時くらいから再びPCの前に座り、

プロ野球を観ながら仕入れ作業を行います。

仕入れの間に夜ご飯を食べるのですが、

夜8時半〜9時くらいには仕入れ作業が終わり、

子供達を寝るように促し、お風呂に入ります。

夜の11時頃にまたPCの前に座り、

売り上げや、在庫、資金管理などを行います。

外注さんとのやりとりも深夜が多く、

このタイミングで行う事が多いです。

そしてその後、夜中なのに、またご飯を食べたり、

ラーメンを食べに行ったりします。

その後にDVDを見たり、Amazonプライムビデオを見たり、

本を読んだりして、朝方近くに寝落ちしています。

(完全なる夜型です)

結構作業をしているように感じられるかもしれませんが、

カメラ転売に関して割いている時間は平均大体4時間程度です。

間にメッセージが来たりして対応することもありますが、

今はその対応にほとんど時間がかかることはありません。

それでも、少なくても月収で60万円以上は稼げています。

嫌いな奴とは仕事をしない

しかし、もちろん最初からこの労力で稼げていた訳ではありません。

当然、始めの頃は全てが分かりませんでした。

今だと5分でできることも、2時間3時間かかることもありました。

しかし、全て実践して覚えてしまえば雪だるま式にスキルが身についていきます。

僕が今になって思うことは、もちろん収入や時間が作れたことは、

飛び跳ねるくらい嬉しいのですが、

なにより充実感を感じることは、出来なかったことが、出来るようになり、

会社に依存しなくても自分の力で生きていくスキルが身に付いた事です。

つまり、

嫌いな人の言うことを聞かなくてよくなる

という事です。

会社に依存していたとしても、

本当に好きな仕事を、本当に好きな会社で、

そして尊敬できる人の元で働きながら、

十分な収入が得られているのであれば、

とても素晴らしいことだと思います。

しかし、現実的にはそれが出来ている人は一握りだと思います。  

僕はなぜこんなとこを書いているのか

多くの人は、生活があって、その生活のために、

疲れた体に鞭を打って毎日出勤をして、

生活のために下げたくない頭を下げて、

生活のために自分の立場の事しか考えない嫌な上司の

無理難題を仕方なく聞いて、でも給料は上がっていく見通しもなく・・・

という方がほとんどだと思います。

また、その陰で僕の家庭がそうだったように、

まだ小さいお子さんを育てている女性の方だと、

子供が小さいから働きに出れない、

たとえ働きに出ても、保育園に入れるのもお金がかかるため、

働いたお金の大部分は保育園料に消えてしまう。

家でできる仕事もありますが、

壊滅的なかなり安い報酬になってしまいます。

そして、旦那の帰りは遅いから、家事、育児は

ほとんど自分でやらなければならない。

前に触れたように、女性はどうしても子育て中の一定の期間は、

自分ではコントロールできない事が多くなってしまいます。

実は僕はそのような人に読んでほしいと思っています。

僕がなぜこのような記事を書いているのかというと、

数か月前に高校生の頃の同級生同士三人で飲みに行きました。

そして話の行方は現在何の仕事をしているのか?

という話になります。

その時に僕は

「カメラの輸出をして自分で生計を立てているんだ」

という話をしました。

僕は彼らにとっては興味のない話かと思っていたのですが、

一緒に飲んでいた二人ともかなり真剣に

「どうやったら稼げるか教えてくれないか」

という話をしてきたのです。

二人とも現状の仕事の内容や、給料に不満があったり、

自分たちの将来にも不安がありました。

その時に僕は、僕が思っている以上に、

「もっと収入を増やしたい」

「もっと自分の時間が欲しい」

「会社に縛られたくない」

このような事を本気で考えている人が沢山いるんだな、

と思ったのです。

また、僕の妻も現在ネットビジネスをしているのですが、

「生活費を10万円増やしたい」

「子供の為の貯金がしたい」

「旦那に頼りたくない」

「パートに行きたくない」

と口癖のように言っていて、

おこがましいかもしれませんが、

「ひょっとしたら自分が役に立てるんじゃないか」

「自分は誰かを助けてあげる事ができるんじゃないか」

と考えたのです。

(ちなみに妻はもう10万円程度稼いでいます)

そして僕自身がパソコンが全く使えないところからの

スタートでしたし、正直今もあまりよく分かっていません。

eBayは英語のサイトではありますが、

僕は未だに中一レベルの英語力です。

中三レベルは絶対ありません笑

そんな状態でも十分できるんです。

なので、僕自身は実際にゼロから、

或いはマイナスからのスタートだったので、

「何とか現状を変えたい」

と思っている人に

「チャレンジをしてほしい」

という気持ちで活動しています。

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